「相関」と「因果」の科学的区別への懐疑とAI時代の社会的影響 社会設計を考える

はじめに
「相関(Correlation)」と「因果(Causation)」は、科学・統計学・AI分野で常に議論の中心となるテーマです。
データを扱う現場では「AとBが同時に発生する=AがBを引き起こす」と思い込みがちですが、実際はまったく別物です。
この区別を曖昧にすることが、研究・産業・政治・社会全体にどれほど大きな影響を与えてきたか、そして現代のAIがこの問題にどう向き合うかを、本稿で徹底的に解説します。
基礎用語の確認:相関・因果・混同
- 相関(Correlation):二つの変数が同時に増減するなど、統計的な関係性を示す現象。因果関係があるとは限らない。
- 因果(Causation):一方が他方を直接的に引き起こす関係。「AがBの原因である」と言い切れる場合。
- 混同要因(Confounding factor):第三の要素がAとBに同時に影響を及ぼし、見せかけの相関や因果が発生すること。
例:アイスクリームの売上と水難事故は夏に増加するが、これは「暑さ」という共通要因(Confounder)が両方に影響しているため。「アイスクリームが事故を増やす」とは言えない。
歴史的背景:産業界による「疑念」の利用
「相関」と「因果」の混同は、意図的に利用されてきた歴史がある。代表例はタバコ業界と石油業界。
1960年代~1980年代、米タバコ企業は「肺がんとの因果関係は証明されていない」と主張し続けた。また、石油業界も気候変動対策を遅らせるため、「CO2排出と温暖化の相関はあるが、因果関係が不明確だ」と社会に疑念を植え付けてきた。
科学的合意形成が遅れ、規制や政策が数十年単位で後退した事例は多い。ここで「相関と因果の区別」が悪用された。
現代AIと因果推論:「批判的思考」のAIは万能か?
2020年代後半、AIの急速な進化と共に、産業界・学術界で「因果推論(Causal inference)」の自動化ツールが登場した。
米国ではリスクアセスメント分野で「AIによる論文精査」プロジェクトが複数立ち上がり、特に有害物質規制の分野で「相関と因果の混同」をAIが機械的に判定する仕組みが話題になっている。
- 疫学論文の審査にAIを用い、「相関→因果」の誤認を指摘する
- 産業界が資金提供するAIツールが、規制を遅延させる根拠として利用される
- AI審査が「新たなイエス・ノー判定装置」として濫用されるリスク
実例:米国化学会議所(ACC)によるAI審査ツール
2025年現在、ACC支援のもと開発されたAIツールは、疫学論文を自動で読み込み、因果性が示唆されているかどうかを機械的に判断します。
一見、科学的厳密性を担保するように見えるが、「産業界に都合よく疑念を強調する」懸念が学術界から指摘されています。
産業界・学術界での応用と問題点
応用例
- 公害・環境汚染に関するリスク評価
- 医薬品・ワクチン開発における安全性審査
- マーケティング分野での需要予測(相関データの多用)
- AIによる学術論文査読支援
問題点
- AIのバイアス:資金提供者や学習データの偏りによる「結論誘導」
- 科学的コンセンサスの形骸化:「因果」でなければ全て不正確と見なす極端主義
- 研究現場の萎縮:AI判定を恐れ、「新規仮説」や「予備的発見」が埋もれやすくなる
- 社会的合意の遅延:AIを盾にすることで、政策決定者が行動を控える口実に使われる
AIの「批判的思考」機能が強化されることで、真実への到達が加速する一方、既存の力学や利権が新たなAIフィルターを作り出す危険性も増大している。
AI倫理・ガバナンスの論点
- AIによる論文評価の「説明責任」
- AIモデルの学習データ・ロジックの公開性
- 産業界・学術界の協調による「セカンドオピニオンAI」の必要性
- AIガバナンス:AIが社会に与える影響・リスク評価の仕組み作り
特に、AIブラックボックス問題と、ファンディング・バイアスは避けて通れない課題です。
どんなに技術的に優れていても、そのロジックや根拠、資金元が明示されなければ、信頼性も社会的合意も得られません。
現場からの声と今後の展望
- 「AIに判定させるだけでは真理にたどり着けない。最終判断は人間が責任を持つべき」
- 「利害関係者の多い分野ほど、AI評価システムの多元化・独立性が必須」
- 「説明可能AI(XAI: eXplainable AI)の進化が、真の『科学的批判精神』を再発見する鍵」
– AI審査ツールのすべてに「資金提供元」「ロジック開示」を義務化
– 一つのAI判定に依存せず、複数の独立AIによるクロスチェックを標準化
– AIと人間が共に議論し「最終合意は人間の責任」というガイドラインの策定
相関・因果・AI倫理の関連リンク集
- Inside a plan to use AI to amplify doubts about the dangers of pollutants(Guardian, 2025/6/27)
- Causal Inference Makes Sense of AI(Communications of the ACM, 2024/12/9)
- Causal AI: How cause and effect will change artificial intelligence(S&P Global, 2025年)
- Stuart Frost Breaks Down the Limitations of Predictive AI and How Causal AI Fills the Gap(SignalsCV, 2025/6)
- XAIとCausal AIとは? ブラックボックスAIの限界を超える最新技術(arpable.com, 2025年3月)
- 2025年春のAI最新動向:生成AIに対する政府機関の取り組み(sqat.jp, 2025年4月)
- The State of Causal AI in 2025: Summary with Open Source Projects(sonicviz.com, 2025/2/16)
- GST-UNet: Spatiotemporal Causal Inference with Time‑Varying Confounders(arXiv, 2025/2)
- From Correlation to Causation: Understanding Climate Change through Causal Analysis and LLM Interpretations(arXiv, 2024/12)
結論
AIが「相関」と「因果」を機械的に判定する時代はすでに始まっています。
便利さと危うさが表裏一体である以上、単なるツールに終わらせず、使い方と倫理・透明性こそが今後の成否を分けるでしょう。
最終的に重要なのは、「AIで何が変わり、どんな社会的コストとベネフィットが生じるか」を冷静に見極める“人間の判断力”そのものです。
(C)2025 – 株式会社ビー・ナレッジ・デザイン